スピリチュアルヒーリング

ヒーリングによって本来の自分を取り戻します!そんなあなたを応援します。



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終わりを受け入れるスピリチュアル

死は、現代文化が暗示しているような、特殊なことでもなければ、人生の中で、もっとも思むべき出来事でもありません。 それどころか、死は、この世の中で、 その対極に位置する誕生と同じく、 もっとも自然な現象であると同時に、誕生と切り離すこともできないのです。死を迎えようとする人の側にいるときには、 この事実を自分自身に言い聞かせましょう。誰かの臨終を看取る、というのは、大いなる特権であり、神聖な行為です。死にゆく人の傍らにいるときには、 その経験のどんな側面も否定してはなりません。 起こっていることも、 その出来事にまつわる感情も否定しないことです。自分はなにもしてあげられないという事実から、無力感におちいったり、あるいは、悲しみや怒りの気持ちに駆り立てられたりするかもしれません。 それでもなお、自分が感じる気持ちを、 ありのままに受け入れるのです。 そのうえで、 さらにその一歩先のステップに進むのです。誰かの死について、自分にはなにもできない、 という事実を受け入れ るのです。この事実を完全に受け入れてください。わたしたちには、形態の死をコントロールすることはできません。その経験のすべての側面を、心の底から手放すのです。自分の感情はもちろん、死にゆく人が経験しているかもしれない、いかなる痛みも不快感も全部ひっくるめて、手放すのです。あなたの放下の意識と、そこから生まれる静寂は、 死にゆく人を大いに勇気づけ、変容を容易なものにするでしょう。 そのとき言葉が必要だとしたら、 それはあなたの中の静止状態から生まれるはずです。 もっとも、言葉はあくまでも副次的なものに過ぎません。

スピリチュアルと死

人生の中で、所有物、資産、親密な関係、あるいは、名声、仕事、身体能力などを失ったとき、すなわち深刻な喪失が起こったときにはいつでも、わたしたちの内面のなにかが死にます。 「わたし」という感覚がいくらか消失したように感じられます。 あるいは、ある種の混乱が生じるかもしれません。 「OOがなかったら わたしはいったい誰なんだろう?」というふうに。「わたしの一部」 と無意識のうちに思いこんでいたものが失われるとき、 あるいは消えてしまうとき、身を切られるような、苦痛をともなうかもしれません。喪失によって、痛みや寂塞感を感じたときには、 その感情を否定したり、 無視したりしてはなりません。かわりに、自分が感じているものを、ありのままに受け入れるのです。 それと同時に、喪失という出来事に基づいて、自分を被害者に仕立てて「ストーリー」 をでっちあげようとする、心の作用に気づいてください。怒り、恐れ、憤怒、自己憐欄といった感情がこみあげできたら、自分に被害者役をあてがっているサインです。心がでっちあげたストーリーと、 そのような感情の背後になにが潜んでいるかに気づきましょう。 そこにあるのは、心にぽっかりと聞いた穴、空っぽのスペースです。この、 っかみどころのない空虚な感覚と対崎し、 それを受け入れることができますか? それができたなら、心の穴は、もはやあなたにとって、敵ではありません。この受容によって、予想もしなかった平和の思いが、心の泉からあふれだすかもしれません。形態の 「死」が訪れたとき、あるいは、生命形態が失われたときにはいつでも、形として顕現される前の状態である神が、形態の消失が残していった穴を通して、光り輝きます。これが人生の中で死を神聖なものとする理由なのです。死を受け入れ、死について膜想することによって、神の平和が訪れるのは、これが理由なのです。

人生を変える「受容」

どのような経験も、いずれは過ぎ去るということ、そして、この世は何ひとつ永遠に価値あるものを与えてくれない、ということに気づいたとき、放下は、驚くほど簡単になります。放下をした後も、あなたはたくさんの人に出会い、経験や活動を共にすることになりますが、そこには、エゴ的自己による欲望や、恐れは存在しません。 これは、別の表現をするなら、状況、人問、場所や出来事が、自分を満足させなければならない、幸福にしなければならない、という執着心がなくなる、ということです。 不完全であり、過ぎ去ってゆくという性質を、コントロールできないものとして、すんなり受け入れるということです。 人、場所、状況や出来事に、無理難題を要求しなくなったとたん、不思議なことに、それらは、あなたにとって満足のいくものに変化していくだけでなく、より調和のとれたものに、より平和なものになっていきます。これが、受容の心が起こす「奇跡」 です。 完全に「いま、この瞬間」を受け入れると、あるいは、現状に逆らうのをやめると、考えなくてはならない、という強迫観念は次第にうすれはじめ、意識が鋭敏な、静止状態にとって代わられます。そのときの意識は、完全に目覚めていると同時に、「いま、この瞬間」に対して、なんのレッテルも貼っていません。 この内なる無抵抗の状態は、なにものからも制約されない意識のとびらを聞きます。それは、人間の頭脳とは比較にならないほど、はるかに偉大です。この偉大な叡智は、あなたを通して自らを表現することによって、あなたをスピリチュアルな世界に限らず、内面、外面の両方からサポートするのです。これが、心の抵抗を手放したとたん、状況が好転するという奇跡が、往々にして起こる理由です。

「世界のレイキ」を生んだ運命の出会い

白井翠男先生が、鞍馬山で断食眼想中に偶然発見したのが、白井レイキ療法の始まりです。 その後、日系ハワイ人の高田はわよ先生が、白井先生のお弟子さんだった、元軍医のはやしちゅうじろう先生と「運命の出会い」を果たします。 闘病中だった先生は西洋医学の治療を受けるため、はるばる日本を訪れていました。ところが病院のベッドで、「この治療は必要ない」という天の声を聞いたのです。そこで紹介してもらったのが、林先生の治療院でした。林先生のレイキ療法によって、先生の病気はみごとに完治。効果に感動した先生は、母国ハワイへ「REIKI」を持ち帰り、みずから普及につとめたのです。

光を当てて、世界を広げるお手伝い

本当のあなたの心が住む世界は天国かもしれません。あなたの心の奥には、何か人の役に立ちたいという願いがあるかもしれません。「あなたの心の天国から、天使のあなたを引き出してくる」「ライフミッションを発見し、希望の未来を開く」それがここで紹介する「天使の質問」のようです。使命・天命は、天から使わされた命と理解できるかもしれません。天使は、天から使わされた人かもしれません。一人ひとりの心の中に宿る天使を引き出すことで、天命・使命も発見できると私は信じることがあります。なぜ私が天使にこだわるのか考えてみました。それは、私の信念のひとつに、「ほんとうのあなたの心が住む世界は天国かもしれません」ということがあるからです。なぜなら、コーチングスクールで、受講生が最終的に言葉にすることは、「人の役に立つ人生を送りたい」「世界が平和であるように」「人を愛したい」というように、「貢献したい」という心の声が引き出されてきた瞬間に何度も立ち会ってきたからかもしれません。その言葉を聴くたびに、人はほんとうに尊い存在だと感じ入ります。人の心の底には、天国的世界と通じる部分があるのだと感じます。人の役に立つ、世界が平和であるように何らかの形でかかわりたい、人を幸せにしたい。このような思いが共通であるということが、実は人が天国に暮らす住人だということだと思うのです。そして、天国で暮らすだけでなく、より積極的に人や社会に貢献していきたいという願いがあるということは、天使の世界と通じる心を持っているという証だと言えるでしょう。つまり、あなたの心にも天国空間があり、そして、天使と同じ心があるのです。それは、確実でしょう。

感謝を忘れない

自分で自分のことを「すごい」と自画自賛することは、あまり好ましいとは言えません。なぜなら、自分の幸運を使い果たすことになってしまうからです。せっかく幸運で上手くいったのに、このように全て自分の実力であるかのように考えていると、その後は全く上手くいかなくなってしまうでしょう。 しかし、目に見えないどこかの誰かのサポートがあったからだと感謝の気持ちを忘れず、努力を続けていけばその後もサポートしてもらえるでしょう。感謝を忘れない人は、ずっとサポートしてもらえます。成功するたびに感謝し、またサポートを受けてさらに感謝する、というサイクルが生まれ、理想の自分により手が届きやすくなると思います。 夢を一人の力で実現するのは困難です。成功する人はたいてい、周囲からのサポートを得ています。天使からサポートしてもらうと、自然とすっと成功へのドアが開かれます。反対に、感謝の気持ちがなくなると天使が離れていき、成功へのドアは閉ざされるでしょう。似たような経験をしたことがある人も中にはいるのではないでしょうか?自分の人生が順調に進んでいると思っていたのに、突然まったく上手くいかなくなるような感じです。 上手くいっているときは決して驕らず、天使からサポートされるような人になりましょう。そして、これからも応援してもらえるような素敵な未来を思い描くことが重要です。スピリチュアルコーチングによって、素敵な未来設計に挑戦してみましょう。